
ある母親から「中学生の息子に手を焼いており、どうすることもできずに困っている」という相談を受けました。
その時、ふとある男の子のことが頭に浮かびました。
私の教え子で、学校でも家庭でも問題行動が多く、母親の言うことも学校の指導もまったく通らない大変な生徒でした。
中学生の男子ともなると、子どもによっては身長が伸びて体格が良くなり、力では親もかないません。
それがまったく言うことも聞かないような状況になっては手の施しようがないわけです。
ところがその後、その生徒は家庭でも学校でも激変したのです。
そのきっかけとなったことは、今回の相談者だけでなく、同じように中学生の男の子の子育てで、親の思うように育てられないで苦しんでいらっしゃる方のきっと役に立つと思います。
中学生の息子に困りきっている母子家庭の母
ある母親から聞いた内容は次のようなものでした。
Aさん 38歳 5年前に離婚で母子家庭
子どもはBくん1人
Bくん 14歳 中学2年生 男子
相談の概要
✔ 成績は中の下、家ではまったく勉強をせずスマホに夢中
✔ スマホは勉強することを条件に買ったが、約束は守らずに好きなように使用
✔ 勉強のことを強く言ったりスマホを取り上げようとすると暴力を振るう
✔ 小さい時は何でも言うことを聞く子だったが、小学校6年生くらいから変わった
✔ 夜、出かけることもあり何をしているかわからず不安
✔ 自分ではどうしようもないが、先生にも相談できないでいる
ご両親で子育てをしていれば二人で相談することもできますが、シングルマザーはこういう時に辛いです。
しかもお子さんは一人っ子ですので、家の中では二人っきりになることが多く、恐らく気が休まる時間がないことでしょう。
そして母親の彼女は友人は少なく、このことを話せる人はいないということですので、本当に辛い毎日を送っているようです。
中学生男子の困った状況と変わるきっかけ
とても困った状況ですが、こんな時に真っ先に取り組むべきことがあります。
この母親にもそれを伝えて取り組んでもらっているところですが、それについては後ほど触れます。
その前に、以前担任をした生徒のことのお話を聞いてください。
似たような状況から劇的に改善したケースですので、きっと参考になると思います。
彼の名前を仮に悠斗くんとしておきましょう。
家でも学校でも手が付けられなかった悠斗くん
私が悠斗くんを担任したのもちょうど中学2年生でした。
悠斗くんの母 40代前半 7~8年前に離婚で母子家庭
子どもは5つ離れた弟と2人
悠斗くん 中学生 男子
悠斗くんの様子
✔ 成績は下位集団、理解力は高かったが学習意欲は低かった。
✔ 学校では粗暴で器物損壊は日常茶飯事、授業エスケープ、対生徒暴力、対教師暴力が多かった。
✔ 喫煙やかつあげなどが校内外であり、粗暴な生徒のグループの中心的存在だった。
✔ 校外でもバイクの無免許運転、飲酒等いろいろな問題があった。
✔ 家では母親がいくら強く言っても聞く耳を持たない。
✔ それどころか母親に対しての暴言や暴力もあり、お金も勝手に使っているような状況。
実はさきほどの相談を受けたときに、すぐ悠斗くんを思い出したのには理由がありました。
それは私が彼の指導で失敗し、その後の私の教師人生を大きく変えた生徒だったからです。
荒れた生徒は力では抑えられない
彼が2年生に進級すると同時に私は2年の学年主任兼、彼の担任になりました。
先ほど書いた様々な問題行動は1年生の時からありましたので、当時学年外の私も状況はよくわかっていました。
今でも鮮明に覚えています。
あれは、新学期が始まった翌日のことでした。
彼は遅刻をして、朝の学活の途中で教室に入ってきました。
当時の私は自分の指導力にある程度の自信がありましたので、最初が肝心だからと思い、かなり強い調子で彼を頭ごなしに叱りました。
「何してんだ! 新学期早々に遅刻か? どういうつもりだ!」そうガツンと言ったわけです。
その時、彼は暴れた訳でもなく大きな声で歯向かうこともしないまま、大声を張り上げる私をにらんだ後に自分の席に着きました。
それ以来、私に暴力こそ振るうことはありませんでしたが、何を言ってもどんな指導をしても、まったく聞く耳もたずの状況でした。
つまり、この最初のたった1回のやりとりで、彼の方が私より一枚上手という力関係ができてしまったんです。
荒れた中学生が変わったきっかけ
当時の私は学校の教育や生徒の指導力について自信がありました。
今考えれば、その根拠のない自信が
私が彼の問題行動をやめさせてやるという気負いにつながり、最初の強い叱責になったのだと思います。
愚かな行動でした。
でも、その後、彼は大きく変わりました。
彼が変わるきっかけが2つあったんです。
ひとつは彼の家庭でのできごと。
そして、もうひとつは私の指導方針の180°転換でした。
母親のピンチが粗暴な彼から本来のやさしさを引き出した
彼のお母さんは、母子家庭で男の子2人を育てるのはさぞ大変だったと思います。
しかも、離婚した父親は酒癖が悪く、当時は定職に就いていませんでしたので、養育費などはまったく当てにならなかったようです。
地方に住んでいて資格などもない女性が、子ども2人を女手ひとつで育てることは簡単ではありません。
それでも身を削るようにがんばっていた彼女は、ついに職場で倒れてしまいます。
悠斗くんの激変ぶり
幸いなことに母親は大事には至りませんでした。
そして、数日の入院の後、一ヶ月ほど自宅での療養生活が始まりました。
最初の一週間ほどは布団から出るのもままならない状況だったようです。
当然ですが、食事の支度や風呂、洗濯など家事一切をすることができません。
どうしたと思います?
なんと悠斗くんが買い物に行き、料理をしてお母さんや弟に食べさせていたんです。
母親の言うことをまったく聞かずに暴言や暴力をしていた彼がです…。
後でお母さんからそのお話を聞いて、家での彼の激変ぶりに驚きました。
当時の記録から、彼とお母さんのそれまでと療養中のやりとりはこんな感じです。
Before
母親の言葉 | 悠斗くんの言葉 |
・朝ちゃんと早く起きなさい ・ご飯の後片付けくらいしなさい ・学校にはちゃんと行っているの? ・タバコをやめなさい ・お母さんの財布を勝手に開けるな! ・夜遊びをやめてちょうだい ・弟に手をあげないで! ・もう警察の厄介になるな! ・お願いだから暴力をやめて …… |
・うるせぇババア!」 ・いちいちうるさい ・もっと金よこせ ・早くメシにしろ ・オレ様に命令するな! ・勝手にオレの部屋に入るな! ・先生にチクるんじゃねぇ …… |
After
母親の言葉 | 悠斗くんの言葉 |
・ごめんね ・ありがとう ・料理作るの、大変でしょ? ・悠斗がいてくれて良かった ・洗濯はあとでするからいいよ ・お母さん、うれしくて… ・本当にありがとう …… |
・お母さん、具合はどう? ・何が食べたい? ・炊飯器はどう使えばいいの? ・油ってどっちのヤツを使うの? ・砂糖はどこにあるの? ・洗剤ってどれを使えばいいの? …… |
敵対する関係から守るべき関係への変化
先ほど「悠斗くんの激変ぶり」と書きましたが、実は違います。
激変したのは母親の言動だったんです。
もちろん体調を崩して寝込んでいる母親はいつもと同じような言動ができません。
いつものような指示や命令、叱責といったことはできなかったわけです。
その結果、彼にとって母親が自分の存在を否定したり自分に命令する存在から、自分が守ってあげなければならない存在に変わったんです。
私の教育を180°変えた彼の存在
彼の家庭に激変が起こる前、私は落ち込み悩み続けていました。
当時の校長や教頭も相談に乗ってくれましたが解決の糸口は見つからず、それどころか他の学年も巻き込んで校内の器物破損や暴力がエスカレートしていきました。
様々な本を買いあさり、毎日夜遅くまで読んだりもしていました。
そんな時に出会ったのがアドラー心理学の書籍でした。
最初は、まるでそれまでの自分の指導方針をすべて否定されるようでショックでしたが、それ以外にすがるものもなく、何冊も買い求めて読みました。
敵対する存在から尊重し合う存在へ
ある授業でこんな場面がありました。
悠斗くんの前の席に成績が比較的優秀なCくんがいたのですが、授業中さかんに後ろを振り返っては悠斗くんに話しかけていたんです。
「そろそろ注意をしないと」そう思っていた矢先、悠斗くんが強い口調でCくんに言ったんです。
「オイ! ちゃんと前を向いてろ! お前は勉強しないとダメだろ!」
一瞬、教室がシーンと静かになり、その後の残りの時間、Cくんだけでなく他の生徒までピリッと引き締まって授業を受けていました(^^;)
その時、「あー、悠斗って男気のある子なんだ」
「この子、何だかいいな!」
私はそう思ったものです。
それ以来、私は彼に一目置くようになり、そうこうしているうちに彼のお母さんが倒れ、何度も家庭訪問する中で、彼とは次第に1対1の大人同士のようなやりとりをするようになったんです。
世の中は甘くない、物事はそんなにうまくはいきません
悠斗くんと私の関係は次第に良くなっていきました。
とは言え、彼の問題行動がすべてなくなったわけではなく、グループの他の子も様々な問題を起こしていましたが、私は中心となっている彼との関係がつながったことを実感していましたので、不安はありませんでした。
ところが…
大多数の生徒、特に女子生徒が私を見る目がそれこそ180°変わりました。
一言で言えば
「なんだアイツ(私のこと)、全然だめじゃん、あの子たち(グループの子たち)の言いなりじゃん」って感じ。
アドラー心理学は決して、「相手のわがままをそのまま受け入れる」わけではないし、「ほめて甘やかす」わけでもありません。
でも、アドラー心理学のことを知らない生徒にしてみれば、まだ試行錯誤の段階の私の指導なんて、甘やかしにしか見えなかったんでしょうね。
結局、他の生徒(特に女子生徒)の見る目が以前と同じような状態に戻るの数ヶ月かかりました。
それはある意味、男子生徒のグループの指導よりもやっかいだったことを覚えています(^^;)
Aさんの相談を受けてアドバイスしたこと
Aさんには覚悟を決めて、自分のできることから少しずつやってみるように話しました。
私たちは人を変えることはできない、変えることができるのは自分だけ
- 14年かかって今のBくんが育ってきたのですから、一ヶ月や二ヶ月でガラッと変わることを期待しないでください
- 私たちはたとえ相手が子どもであっても変えることはできません
- だから、Bくんがこのままダメな人生を送ることになってもあきらめる覚悟をしてください
- その代わり、お母さん自身が変わることは今日からでもできます。
指示、命令、無理強いをやめる
- そして、次のようなことを少しずつ実践してもらっています。
- まずは彼に、こうしろ、ああしろと指示や命令をしないでください
- 命に関わること以外はとりあえず怒らないでください
- たとえ返事がなくても「おはよう」「おかえり」「おやすみ」とたくさん声をかけてください
- 「ありがとう」という言葉をとにかくいっぱい言ってください。
もちろん、これができるようになったら次の段階に移りますし、簡単にガラリと変容するわけではありません。
でも、大丈夫! お母さんが変われば絶対に子どもは変わります。
だって、子どもたちはみんなお母さんが大好きなんですから…
それではまた!